2006年10月06日(金)
  「御霊に教えられて」

とても久し振りに海外在住のAさんから電話。
ご高齢なのに、ものすごく張りのある元気な
お声。
その信仰に、いつも励まされ恵まれて来た。
60代でパソコンを始められた。孫とメールが
したいというきっかけだった。出来ないと思った
が、主が出来るから、信仰によって行いなさ
いと言って下さったと。

アメリカの主に在るBさんとチャットをして
いた時に丁度、参加して来られ知り合った。

Aさんが60代でパソコン始めた事に励ま
されチャレンジを受け、若いCさんも信仰に
よってPCを始めた。メールで信仰の交わり
ができるから感謝だ。

Aさんは、結婚して渡米。言葉もわからず
右も左もわからい中で、クリスチャン方に
ひとかたならぬ親切を受けた。本当に親切
が嬉しくて、実際どんなにか助けられて、
お返しのつもりで教会へ行った。義理でい
っていて最初はよくわからなかったが、行って
いる内に、少しづつ御言葉が心に入って来
て、十字架の意味がわかって、信じることが
出来たと。
義理のお返しから始まって、救いに入れら
れ主の恵み!

最初の頃、クリスマスに自分宅で交わり会
はどうかと言われた時、つい。うわっ準備が大
変との思いに負けて、思わず、その日は仕
事!と言ってしまった。これって嘘だと心が
とがめ、神様ごめんなさいだった。

数週間過ぎて、クリスマスになり、仕事が
入って来た。何でクリスマスに残業で、
仕事なのか、つまらない、さえないなあと
思った時に、ハッ!と神様がわかった。

自分が言った事が嘘にならないように、
憐れんで、本当に仕事にして下さった
のだと。神様を感じて、不満が賛美に変
えられたと。

つい数年前、手の手術をされたが、それが
もう痛くて、痛くて、耐えられない痛さに、
歯をくいしばって我慢した。
しかし、その時、聖霊様が教えて下さった。
神から全く離れて、自分の力で我慢してい
ると。「我慢」は「自我」の我と「高慢」の慢
だと。自分で我慢する事は、自我と高慢で
あり、そうじゃなくて、痛い時も、主に頼って
頼って、頼り続けることを喜ばれると。

ほんとにその通りだ!!と、とても恵まれた。
御霊に導かれて歩んでおられるAさんから
とても教えられる。いつも前向きで信仰的だ。

by多恵子