2026年11月01日(日) 「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十 分である。というのは、わたしの力は、弱さの うちに完全に現われるからである』と言われた のです』」�Uコリント12:9
「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十 分である。というのは、わたしの力は、弱さの うちに完全に現われるからである』と言われた のです』」�Uコリント12:9
ある人の証しだ。主を信じ、救われたのだが、 "ねばならない"の律法にどんどん入り込ん でしまい、頑張って、頑張って律法を行った。 自分の力と努力で信仰生活をしているので、 喜びなど全く覚えることなく、辛くてたまらない。 疲れて来るが、しかし、更に自分の頑張りで 進んで行く。 自分は辛くてしんどいので、頑張っていない 人を見ると、腹を立て、裁いて行く。心で人 を裁き、喜びも平安も無い。先輩クリスチャンに、 それは律法主義で、愛ではない、聖書の信 仰ではないと言われた。しかし、愛がわから ない。頭では、行ないではなく、恵みによる 救いだと理解できて、理屈ではわかるのだが、 どうしても神の愛がわからない。 恵みと言っても、きちんと行ないをしなけれ ば、としか思えない。その時は、神の愛が頭 の知識でしかなく、神の愛を「信じようと」しな かった。どうやっても愛がわからず、辛いば かりで、ギブアップ状態になった。その時に、 「わたしの恵みはあなたに十分」の言葉が、 光のように臨んで来た。 恵みは十分注がれてるよと、主が言って下 さった。そして、「弱さのうちに現れる」のだと。 弱くて良いのだと思った瞬間、力が抜けて、 平安に包まれた。主が、主の愛を信じさせて 下さった瞬間だった。主が握って下さっていた ことに感謝でならなかった。私たち一人一人 も捕らえて下さっている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 肉は、どこまでも頑張りに頑張る。しかし限界が 来て、許容量オーバーになる。ギブアップした時 に、主のみわざを見る。恵みによる歩みを経験 させて下さる。