2026年01月17日(土) 「だれでも神から生まれた者は、罪のうちを歩みません・・神の種 がその人のうちにとどまっているからです。その人は神から生ま れたので、罪のうちを歩むことができないのです」Tヨハネ 3:9
「だれでも神から生まれた者は、罪のうちを歩みません・・神の種 がその人のうちにとどまっているからです。その人は神から生ま れたので、罪のうちを歩むことができないのです」Tヨハネ 3:9
「カインのようであってはいけない」とあり、カインになるなと言わ れている。カインは、なぜ、弟アベルを殺害したのか。単なる兄 弟げんかでなく、神への献げ物の事だった。アベルは受け入れら れ、カインは受け入れられなかった。そこで激しく怒った。受け入 れられないからには、間違っていたわけで、悔い改め、献げ直せ ば良かった。 しかし、悔い改める事なく、アベルへの嫉妬となり、嫉妬は憎しみ に増幅した。弟殺害は、まずカインと神との関係が問題だった。 私たちも神の前に正しくない時、罪の性質は、人へと向かい、人 を羨み、妬み、攻撃して行く。妬みは、誰にも根深く巣くう罪だ。祭 司長たちが、主を十字架につけたのも、サウルが身を滅ぼしたの も、ヨセフの兄たちが道をはずしてしまったのも、妬みによる事だ った。 妬みから激しい憎悪へ、それは殺人へと至ってしまう。しかし、神 から生まれた者は、罪の内を歩まないとある。神の種が内にどど まっているからと。神から生まれた人は罪の内を歩めないと。これ は、全く罪を犯さないという意味ではない。私たちは弱さと愚かさ のゆえに、どうしても罪を犯してしまう。 しかし決して犯し続け無いという意味だ。神の種がとどまっていると。 罪を犯すと平安を失うので、そのままでいる事ができない。平安の 無い状態は非常に辛い。主のもとに行き、御霊に導かれ、矯正され、 又、新たにされ平安が戻る。神から生まれているからだ。 ・・・・・・・・・・・・・ 主は平安を与えたり、取ったりして、御心へと導いて下さる。心が 辛いので、罪を犯したままでいる事が出来ない。悔い改めへと導 き、矯正して下さる。神の種が内にあるとは、何と感謝な事だろう。