2025年12月15日(月) 「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしている ことをヨハネに報告しなさい。盲人が見、足なえが歩き・・」 マタイ11:4
「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしている ことをヨハネに報告しなさい。盲人が見、足なえが歩き・・」 マタイ11:4
バプテスマのヨハネが、ヘロデ王の不法を、はっきりと間違ってい ると指摘した。その結果、投獄された。ヨハネは正しい事をしたの であり、何の罪も犯していない。投獄は理不尽だ。主は正義なる方、 御前に正しく、真実に歩んだのであり、主が、対処して下さると思 ったろう。だが投獄後、幾日過ぎても何も起きない。 王国を打ち建て、王権を持つ方ではないのか。牢獄で、孤独な中に いるヨハネの思いは、どんなものだったろう。それで弟子たちに 「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも〜」と問わせ た。不信仰というのではなく、更に確信を深められたかった。 主はその時に、弟子たちに「自分の聞いたり見たりしていること を」、 つまり、あなた方が見た「事実」を告げよと。「盲人が見」これは、 救い主のしるしであり、旧約預言の成就だ。そして主の語った言葉 や、わざそのものが証しであると。主はヨハネを「来るべきエリ ヤ」「預言者よりすぐれた者」「ヨハネよりすぐれた人はいない」 と認め、高く評価し、受け入れておられる。 裁き主をイメージしたヨハネ、主は十字架で贖いをし、罪を赦され る救い主、赦し主であられた。私たちも自分の期待する、主のイメ ージがあるだろうか。ヨハネは直接主に問うた。私たちもわからな い時は、直接主に聞こう。「わかりません。教えて下さい」と。主 はその求めに答え、助け、導いて下さる。 -------------- しなければならない事や、してはいけない事だけに気を取られ、い つしか主がどのような方であるか分からなくなる時がある。日々、 主よ教えてくださいと尋ね、新しく主を知っていきたい。