2009年11月30日(月) 「・・心に植えつけられたみことばをすなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます」ヤコブ1:21
「・・心に植えつけられたみことばをすなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます」ヤコブ1:21
「みことばは、あなたがたのたましいを救うことができる」。救われた信仰者に 言われているのであり、私たちは、みことばによって、日々新たにされ、変えら れ、成長して行く。 しかし、「素直な」心でなければ、みことばを受け取ることが出来ないと言って いる。「素直な」心が必要であり、大切だ。みことばが根差さない限り、何も始 まらない。それは「素直な」心に根差し育まれる。 それで、素直な心にするために、神は心を耕される。くわやすきで、掘り起こし、 柔らかい土壌にされる。つまり、それは、神は私たちに試練を与えられるという 事だ。素直でない、固い、頑固な、屈折した、又、偏見の強い心を砕かれる。 又、私たちの価値観は、根深くこの世の価値観で培われている。そのところをも、 変えて下さる。悩みや困難を通ることによって、頑なな部分が砕かれ、柔らかく される。素直にされて行く。御言葉が根付いて行く。 一つ一つの訓練が益であり、私たちのためであり、ふさわしく量って、与えられ たものだ。素直な心にされるためと、焦点がはっきり合っていれば、反抗も、不 満も怒りもない。 神の御手からの訓練を、受け取って行くことが大きな祝福であり、成長だ。あな たの前に今、悩みや困難が来てるだろうか。心耕され、心素直にされるためであ り、みことばが培われるためだ。そして今、御言葉を、心開いて真正面から受け 止め、従おう。 ・・・・・・・・・・・・・・・ どうであれ従おうとしている時、御言葉が入って来る。従う気がなければ、まず 御言葉が聞こえない、入らない。自分でもどうにも出来ない頑なな心を、くわを 入れ、耕し、柔らかにして下さる主の取り扱いが感謝だ。