2011年01月31日(月)

「母がイエスに向かって、『ぶどう酒がありません』と言った」ヨハネ2:3

カナの結婚式で、ぶどう酒がきれた。当時の結婚式における、ぶどう酒とは大切
なもので、途中できれてしまうなど、主催者側の大失態だ。大きな恥であり、せ
っかくの喜びの結婚式が台無しになってしまう。非常事態であり、そこにいたマ
リヤは、主イエスにストレートに率直に「ぶどう酒がありません」と求めた。

ここで学ぶ事ができる。無いものは無いと、はっきり「ありません」と認める事
は良いことだ。「自分にありません」と認めるところから、解決が始まる。「愛
がありません」「喜びがありません」有る振りをするのでなく、無力を認める事
は祝福への第一歩だ。

マリヤは主に求めた。すると、主は「あなたはわたしと何の関係があるのか」と
一見冷ややかな応答だった。マリヤは、肉の母親として息子に頼むのではなく、
信仰者として、主として求める必要があった。主は御父の御心に歩んで行かれる
からだ。そして、マリヤはイエスを主として、へりくだり必ず最善をして下さる
と信じた。

だから、「わたしの時はまだ来ていません」と言われたに関わらず、手伝いの者
に「あの方の言われることを、何でもしてあげて下さい」と言った。自らの無力
を認めて、主に求めよう。そして、目の前の事態を主の手にお任せしよう。主は
素晴らしいみわざをして下さり、ご自身の栄光を現わされる。「ありません」、
自らの無力を知り、認める時こそ、弱さの中に恵みは十分、神を知る時だ。
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この世で生きる力をこの世のものや自分の力に頼ろうとすると出来ないと恐れる。
無力は主に頼るチャンスだ。主よできません、主よ足りません、主よ平安を下さ
いと、常に上から来る知恵、助けだけを頼りに生きていこう。