2014年11月30日(日)

「私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦 しながら奮闘しています」コロサイ1:29


「神は、御心のままに、あなたがたの内に働いて志を立てさせ、事
を行なわせて下さる」とあるように、御心にかなった志を与え、事
を行わせるのは「神」だ。すべての主導が神にある。しかしだから
と言って、私たちは何もしないのではなく、事を行なうのは自分だ。

そして、又それは、「キリストの力」が内に働くのであって、自分
の力・肉の力の頑張りではない。必要な力は、主から来る。祈って
何もしないのでなく、祈りつつ、キリストの力によって奮闘する。

例えばピアノを習得する時、ただ祈ってさえいれば、ある日突然、
ショパンを弾けるようになるのではない。日々、地道な練習を積み
重ねる必要がある。語学やスポーツの習得も同様だ。実際に練習し
なければ、決して身につかない。そして、その習得する力を、主が
与えて下さる。練習し続ける事ができるのも、祈りによる。

又、ある時は、自分に出来る事が何も無い場合がある。例えば、経
済的必要に関しては「静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさ
い」が原則で、御心だ。しかし事情があり、働けない場合は、主が
天から必ず必要を与えて下さる。祈ればよい。

今、何か主から志が与えられているだろうか。内に力強く働くキリ
ストの力によって、労苦しながら、事を成し遂げて行くことができ
る。目の前の御心に従って行こう。一歩を踏み出そう。

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主からの志なら、行なう力も与えられる。時間的、能力的に不安が
あったとしても、大丈夫だ。力は主から来る。主が私たちを通して
成し遂げられる。示された御心に、勇気を持って従ってみよう。主
のみわざが現わされる。