2002年04月30日(火)

「主イエス・キリストによって命じ、また勧めます。静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい」(Uテサロニケ3:12)


 人は一生に間にアルバイトやパートを
含めると様々な仕事をするだろう。
ある学生は三十近くの仕事をした。
ゴミ収集、宅配、販売店員、皿洗い・・。
仕事は生活のために必要だ。仮に楽しく
なくても仕事があるのは良い事だ。
ただ給料のためだけでなく、主の賞賛の
ために働くなら、大きな価値と喜びがあ
るだろう。ある人が言った。希望のない
働きは、蜜をふるいにかけるようなもの。
私達の仕事に価値を有するためには、希
望が無ければならない。
その希望はどこで見つけられるのか。
聖書によると、「主に対してするように」
働くべきだ。主が報いて下さるからだ。
たゆむ事なく熱心に仕事をするべきだ。
主のために働き人に対して証となるように
せよ。そうするならどんな仕事でも、あな
たの働きには真の希望が与えられるだろう。
主のためになされる働きは永遠につながる。