2016年02月29日(月)

「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる」T列王記17:1




エリヤは主の命令で、アハブ王に「ここ、二,三年の間は露も雨も
降らないであろう」と告げた。これは信仰と勇気が要る事であった。
人を殺す事など何とも思わない王だ。即、打ち首かも知れない。身
の危険を感じたであろう。しかし、エリヤは主の御心に従った。す
ると次の指示が臨んだ。「ケリテ川のほとりに身を隠せ」と。

その水を飲み、カラスに「そこで」あなたを養うよう命じたと。主
は、アハブの追っ手からエリヤを守られ、主によりかくまわれた。
貪欲なカラスが食べ物など運ぶのだろうか。主の言葉に従う時、奇
跡が起きる。飢饉のまっただ中で、エリヤは養われた。「そこで」
は、重要だ。主に従い、主の御心の中にいるなら、必ず必要は満た
される。

日照りで川は枯れた。すると次の導きが臨んだ。ツァレファテへ行
け、やもめに養わせるようにしてあると。言われた通りに行くと、
何と絶望的な極貧のやもめであった。最後の食事をして死のうとし
ていると。エリヤは、その最後の食事をまず自分にくれるように言
た。そうするなら雨が降る日まで、その粉と油は無くならないと。

彼女はエリヤの言葉を信じ、そのようにした。すると奇跡が起きた。
来る日も来る日も粉と油は尽きなかった。エリヤは見える所でなく、
自分の思いでなく、神の言葉に従った。彼女も従った。その時に
「イスラエルの神、主は生きておられる」を体験した。今、示され
ている事に従おう。主がまさに生きておられる事がわかる。
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ただ主のみを信じて待つことは難しく、まだ少し水のあるうちに何
かすることはないかと動いてしまう。そして生きて共におられる主
を知るチャンスを逃してしまう。主を信じ御言葉を握り一歩従おう。