2017年07月31日(月)

「今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた」創世記22:12


神は一見、非情とも思える命令をアブラハムに下された。息子イサ
クを全焼のいけにえとして献げよと。私たちの理解を越えたことだ。
そして、彼にとってイサクとは、25年の忍耐を経て、待ちに待って
やっと与えられた子供だった。そのイサクから子孫が天の星の数ほ
どに、増し加えられると。

その子供を殺してしまったら、約束はどうなるのか。断ち切られて
しまうではないか。神の言葉と矛盾する。色々な思いが彼に巡った
ろう。本当に神が言われたのか。自分の聞き違いではないのか。し
かし、彼が神と近く交わり、神と共に生きて来た日々がある。これ
は確かにいつも聞いている御声であり、間違いはない。彼は従うべ
く「翌朝早く」出発した。

すぐに従う事は大切だ。必ずサタンが攻撃して来て、様々な思いを
吹き込み、従う事を妨げる。ぐずぐずすると従えなくなってしまう。
そして告げられた場所で、祭壇を作り、たきぎの上にイサクを置き、
刀を取ってまさに、ほふろうとしたその時に、「手を下してはなら
ない」と神のストップがかかった。自分のひとり子さえ惜しまずに
献げ、神を恐れることがよくわかったと。

神は彼が「神を恐れる」者であることを試しておられた。理解でき
たら従う、納得がいけば従う、のではない。示された事に従って行
く、それが神を畏れるということだ。この事をなし、ひとり子を惜
しまなかったから、大いに祝福すると。「あなたがわたしの声に聞
き従ったからである」と。
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一歩見えたら歩き始めようといつまでも出来ない条件ばかり数えて
いないだろうか。約束の御言葉を信じ従おう。主を畏れ一歩踏み出
す時に主は信仰も備えてくださる。