2019年06月30日(日)

「サムエルは『お話ください。しもべは聞いております』と申し上 げた。主はサムエルに仰せられた『見よ。わたしは、イスラエル に・・』Tサムエル3:10


なぜサムエルは、主の御声がわかったのだろう。サムエルは、主か
ら呼ばれた時に、2度「はい、ここにおります」と答え、自分の師
であるエリのもとへ行った。エリが自分を呼んだものと思ったから
だった。更に同じ事が起きた時に、エリは、主がサムエルを呼んで
おられると悟った。それで次に呼ばれた時は、「主よ。お話し下さ
い。しもべは聞いております」と答えるように言った。

そして、サムエルは、次に呼ばれた時に、師に言われた通りに答え
た。これは「私は、お従いします」ということだ。大事な事は、サ
ムエルは、「何でもお従いします」との姿勢でいたから、主の御声
を聞く事ができたということだ。

私たちはどうだろう。自分に都合の良い事を聞きたいだろうか。自
分の聞きたい言葉が決まっているだろうか。もしそうなら、主がど
れだけ語りかけても、こちらの側で受け取れない。欲しい御言葉で
ないなら捨ててしまう。それが無意識になされていたなら、「御心
がわからない、わからない」になってしまう。

私たちに強い願望、すでに心に決めた事柄がある時、無意識にそれ
以外の言葉はスルーしてしまって気づかない。サムエルのように
「主よ。どうであれお従いします」の態度で、主の御前にいる時、
必ず主の導きを悟って行ける。自分の思いを明け渡せるように祈ろ
う。
・・・・・・・・・・
主の語っておられる言葉が、主の御心がわかるのは、どうであれ従
おうとのスタンスがあるからだ。自分の強い思いがあると、それが
妨げになって、なかなか主の御心がわからない。御霊に自分の内を
照らして頂いて、気づきを与えて頂こう。次の展開へと導かれる。