2019年09月30日(月) 「主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすために、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた」出エジプト13:21
「主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすために、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた」出エジプト13:21
イスラエルの民は荒野にある間、雲の柱、火の柱がずっと共にあり、 進むにもとどまるにも、はっきりと導かれた。常に、雲と火により 明確な指示があった。いつもそれらを通して、主を見、その導きを 見ていた。「雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった」とあ り、主が止まられる所で、とどまった。私たちはどうだろう。 止まる事が苦痛で、どんどん前に進み、旅を続けたいと思ってしま う。前進したいと思う。しかし、主が止めておられる時は、主と共 にとどまろう。そんな時こそが実は大切な時で、その所で主は様々 な有益な恵みの学びを与えて下さる。ある人は引っ越しのために、 自宅を売却する事に。すぐに売れると思っていたが、それがなかな か売れず、忍耐を試された。 祈りに祈るが、売れない。半年が経ち、決まりそうになるが、最後 で見送りとなる。幾ら焦っても思い煩っても、雲の柱が動かない限 り、動かないのだと、じっと待つ事を訓練された。主を待つ事を身 をもって学ばされた。大変な忍耐だった。やがて時が満ちて、とう とう雲の柱が動き、買い手が見つかった。 とても良い方に買ってもらえ、心に平安が満ちた。私たちも、もし 今待つべき時なら、動かない事が大切だ。必ず神の時が来る。神の 時には、事がひとりでに動いて行く。門が開かれて行く。神の約束 が実現して行く。神の時を待とう。 -------- 前進は良くて、とどまることは後退のように思えるが、主は夜も火 の柱となって照らし守ってくださっている。待っている時も主の御 手の中。おりにかなった助けと導きを主に求めよう。