2025年07月31日(木)

「わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、 砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます」 マタイ7:26



二人の人物が出て来る。賢い人と愚かな人だ。賢い人は御言葉を聞
き、愚かな人は御言葉を聞かない、であればわかりやすいが、どち
らも御言葉を聞いている。両者の違いは、賢い人は「ことばを聞い
て、それを行なう」。愚かな人は「ことばを聞いて、それを行なわ
ない」だ。愚かな人も御言葉を学び、礼拝で喜んで御言葉を聞く。

御言葉を拒否したり、反発しているなら、自分でも認識できるが、
喜んで聞いているので、気づかない。御言葉を聞いて、聞いた事で
満足してしまう。聞いて、わかったつもりになって、自己満足で終
わる。聞くだけで行なわないなら、自分の生まれつきの顔を鏡で見
るようだと。自分をながめてから立ち去ると、すぐに見たものを忘
れてしまうと言われている。

御言葉を聞いて、すぐに忘れてしまい、何も無かったことになる。
結局、聞かなかった事と同じだ。それなら御言葉が血となり肉とな
る事がなく、実を結ぶ事が決してないと。真理の言葉は、行なう時
に初めて、豊かな実を結ぶ。良いお話だと、御言葉を聞いて、それ
で終わりだろうか。しかし、すぐに忘れ去る。何も無い時はよいが、
試練の時に立ち行けず、倒れてしまうと言っている。

「しかもそれはひどい倒れ方」だと。御言葉を実行する時に、実を
結んで行き、どんな試練が来ても決して倒れない。聞いた御言葉を
一心に見つめて離れない人は、事を実行して行くと。今、必要な事
は聞いたままでなく、聞いた言葉を実行することだろうか。実行で
きるよう、祈り求めよう。主は助けて下さる。
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ひとつの御言葉でも、それを見つめて実践していくなら、一日に何度
も助けられる。聞いても流してしまい、すぐにいつもの自分になっ
てしまうが、意識して御言葉を実行したい。