2026年07月31日(金)

「・・神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、 神である主の、御顔を避けて園の木の間に身を隠した」 創世記3:8



アダムとエバは、主から食べるなと命じられていた、善
悪の知識の木の実を取って食べた。悪魔に誘惑され、主
に背いてしまった。その時に、罪が入り、自分たちが裸
である事を知り、いちじくの葉をつづり合わせ、腰のお
おいを作った。そして、園で、主の御声を聞いた時に、
御顔を避けて、木の間に隠れた。

彼らを愛する主は語り合い、交わりを持つ事を喜び、楽
しんでおられた。ところが彼らは隠れた。「あなたは、
どこにいるのか」との語りかけに「裸なので、恐れて、
隠れた」と答えた。隠れた本当の原因は、裸なので恐れ
たのではなく、主に背き、罪を犯したから恐れた。

それで主は「裸だと誰が教えたのか」と原因へと向かわ
せ、そしてはっきりと「食べてはならないと命じた木か
ら食べたのか」と、直接、罪そのものに言及された。悔
い改めへと導こうとされた。しかし「ごめんなさい、食
べました」の悔い改めでなく、アダムは、エバへの責任
転嫁に及んだ。

エバのせいにし、エバは蛇のせいにした。もろに罪の結
果が出て来た。しかし、尚も主は、その人間に皮の衣を
作り、着せて下さった。動物の血で罪をおおうものであ
った。やがて御子キリストを遣わし、十字架の血潮によ
って交わり回復の道を備えられた。

私たちもどうだろう、罪を犯すと、罪意識で、主の御顔
を避けるだろうか。こちらから距離を置いてしまう。し
かし、すぐに主のもとへ行こう。主の血潮により、罪赦
される。隠れる事なく、恐れなく、主との喜びの交わり
が回復される。
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主に顔向けできず、隠れごまかしたくなるが、罪を抱い
たまま逃げていては喜びも平安もない。主の呼びかけに
応えたい。直ちに主との交わりに戻ろう。