2026年10月31日(土) 「また立って祈っているとき、だれかに対して恨 み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、 天におられるあなたがたの父も、あなたがたの 罪をゆるしてくださいます」マルコ11:25
「また立って祈っているとき、だれかに対して恨 み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、 天におられるあなたがたの父も、あなたがたの 罪をゆるしてくださいます」マルコ11:25
私たちが、信じて祈る時に、主は素晴らしい約 束を下さっている。「祈って求めるものは何で も、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そ のとおりになります」と。しかし続くのが、誰かに 恨み事があれば、赦すようにと。私たちの罪も 赦されるからと。赦す事を強調されている。 赦さない心は、祈りを妨げてしまう。主があなた を赦して下さったのだから、恨み事のある相手 を赦しなさい、と。私たちは、しょっ中ミスし、失 敗する者だ。しかし主は豊かに赦して下さる。罪 を犯さないのでなく、罪を犯すが、赦されて〃生 かされている。それゆえ、私たちも赦すようにと。 まず恨みや、憎しみ、赦せない心があると、祈 れなくなってしまう。 主と自分の間に、へだたりができるからだ。その ため確信もった祈りができなくなる。あなたも経 験あるだろうか。ある人が、切実な必要があり、 主の御前に出て祈っていた。しかし、祈り続ける が答えが無い。祈りの中で、ある人に対し、恨み と苦々しい思いを持ち続けている事を示された。 祈りの妨げである事を示され、悔い改めて赦した。 その後、見事に祈りが答えられた。私たちも、心 の奥に赦せない思いが無いだろうか、御霊に探っ て頂こう。妨げが除かれる時、平安が与えられ、す でに受けたと信じる事ができ、その通りの答えを得る。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 人を赦すことは、非常に難しい。傷つけられて、 心が深く傷ついているからだ。人にはできない。 しかし人にできない事が神にはできる。主に向いて 祈って行く時、必ず解決を与えて下さる。