2001年04月30日(月)

    「人はうわべを見るが、主は心を見る」 (Tサムエル16:7)

   

 多かれ少なかれ、私達は皆、自分の容貌に
気に入らないところがあるものだ。
しかし、その事に捕らわれ過ぎると、「醜形不安
症」になる。これは、自分の容貌に不満のある人
達を苦しめ、普通に振舞えなくさせる。
私達は誰でも、変えたいと思う部分があるものだが、
自分のあるがままで満足するのを助ける二つの聖書
真理がある。まず、主は心を見られる。
神は私達が鏡の中でどんな風に見えるかよりも、心
がどう見えるかに、遥かに関心をお持ちだ。
次に、神が私達を形造られ、神は私達に「奇しい事
をなさて恐ろしいほど」だと言っている。
神がわけがあって、私達を、今あるように造られた
のだから、私達は神に感謝して当然なのだ。
最も大切な物は、私達と神との関係だ。
もし、私達の心がイエスへの信仰によって罪から
清められ、主の姿に変えられつつあるなら、
神の目から見て、私達は見栄えが良いのだ。
神は心の中にあるものを見られ、神をお喜ばせする
美しさは、御霊がお与えになることができる。