2007年12月31日(月)

「エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった」T列王17:16

ケリテ川が枯れた時、エリヤは、
主からシドンのツァレファテへ行
くように告げられた。そこで、や
もめ女に命じて養うと。主の言葉
に従い、その町へ行くと、やもめ
女に出会った。そこで、彼女に水
とパンを求めた。すると悲惨な状
況であった。
彼女は大金持ちなどではなく、最
後の一握りの粉でパンを作り、母
子で最後の食事をして死のうとし
ているという、極貧のやもめであ
った。エリヤは何と思っただろう。
目の前の人物は、人を養う事など
不可能な状態だ。しかし助けを求
めなければならない。何という状
況だろう。人間的に考えるなら、
その最後のパンを自分にくれとは、
とても言えたものでない。しかし、
エリヤは目に見えるところでなく、
情でもなく自分の思いでもなく御
言葉に従った。まず私に小さなパ
ンを作り、その後にあなた方のた
めに作るようにと。そうするなら、
飢饉が終わるまで粉は尽きず油は
無くならないと。人の思いや情は、
神のみわざを妨げる。エリヤは御
言葉に立ち、彼女はその言葉に従
った。すると、やもめ女と子供は
飢饉の間中、溢れるばかり豊かに
養われる事になった。神を第一に
する時みわざを見る。自分の思い
や情、見えるところが反対方向を
向いていても、神の言葉を選択し
従おう。その時、神が責任を取っ
て下さる。
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目に見えるところと、自分の思い
と自分の感覚、感情が、御言葉と
相容れない事をしばしば経験する。
そんな時、御言葉を一心に見つめ、
御言葉を握り締めて、御言葉に従
おう。すると奇跡を見る。