2009年02月28日(土) 「神はダビデをサウルの手に渡さなかった。」Tサムエル23:14
「神はダビデをサウルの手に渡さなかった。」Tサムエル23:14
サウルはダビデを執拗に追いかける。ダビデはケイラの人々をペリシテ人の手か ら救った。しかし、サウルがそれを聞いて、ケイラに下り、ダビデを封じ込めよ うとした。 ダビデはケイラの人々の裏切りを知り、神の示しにより再び荒野へ逃亡する。 ダビデが逃げた事を知り、サウルは討伐を止めた。神が決して、ダビデをサウル の手に渡されなかった。 ダビデは逃亡を続けジフの荒野に潜伏する。命をつけ狙われいつ殺されるかわか らない、まさに死と隣り合わせの恐怖であった。 サウルは一国の王であり、ダビデは僅か600人の部下がいるだけだ。いざとな ればサウルは国民全体を招集できる。 その時、ヨナタンが「神の御名によってダビデを力づけた」。「恐れることはな い。父の手があなたの身に及ぶことはない。あなたこそ、イスラエルの王とな る」と。 神がダビデをサウルの手に渡すことなく守られると。ヨナタンは状況を見るので なく、神の約束を見ていた。 王の息子が、ダビデにはっきりと、あなたこそ王で、自分は次に立つ者だと言っ た。ヨナタンは神に従う者であり、彼の信仰だ。「神の御名によって力づける」 とは、神の約束と神の御心に基づいて、力づけることだ。 神の御旨が成就する。どんな危機的状況でも、神の絶対的主権と支配の中だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・」 主の計り事だけが成る。どんなにサウルが狙っても、ダビデをサウルに渡さなかったのは主だ。状況でなく主の問題だ。自分で自分を守るのでなく、神の主権とご計画を信じ、神の御手に委ねる時、どんなに心安らかだろう。