2026年06月26日(金)

「ヨナタンは、もう一度ダビデに誓った。ヨナタンは自分を愛する ほどに、ダビデを愛していたからである」Tサムエル20:17



サウル王は、ダビデを気に入り、召しかかえた。ダビデはサウル王
に忠実に仕え、戦いに連勝して行った。そんな時サウルは、女たち
の「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」の言葉を聞いた。サ
ウルはプライドがひどく傷つき、妬みに支配され、ダビデを疑いの
目で見るようになった。その妬みは憎悪となり殺意となった。

ある時、ダビデに槍を投げつけたが、その槍は壁に突き刺さった。
主が共におられ、ダビデはますます大勝利を収め、サウルは更に恐
れた。ダビデは、ずっとサウルに命を狙われたが、決して報復しよ
うとしなかった。サウルが神から油注がれた王であり、ダビデが神
を畏れていたためだった。

どんな危険の中も、神の守りを堅く信じていたので、自分で自分を
守る事をしなかった。だがサウルは、ダビデに地位を奪われるので
はと怯えた。息子ヨナタンのためだと言いつつ、ヨナタンがダビデ
をかばうと、彼までも槍で殺そうとする。どうしてもダビデを殺害
したかった。ヨナタンは父親の意志を知り、ダビデを助けるよう行
動した。

主がヨナタンを用いて、ダビデを守られた。人の生き死に、地位、
境遇は「高く上げることは、東からでも、西からでもなく、神」の
通り、すべてが御父の主権の中にあるとは、何と平安だろう。主に
委ねて安んじていよう。
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主を畏れる者は人を恐れない事が学べる。御心を求めて歩む者を主
は必ず守られるからだ。主の祝福を無にせず歩みたい。人の思いつ
きの策は主の前には何と虚しいことだろう。