2012年07月30日(月)

「妻も承知の上で、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置いた」使徒5:2


アナニヤとサッピラは、持ち物を売り、代金の一部を残しておき、弟子たちのもとに持って来た。ペテロは聖霊によりそれを見抜き、それはサタンに心を奪われた行為であり、人を欺いたのではなく、神を欺いたのだと言った。この事でアナニヤとサッピラは裁かれ、息が絶えた。彼らのどこが間違っていたのか。何も言わず、足もとに置いただけではないのか。

しかし、それは神を畏れない行為であった。意識の中に神はなく、その心と行為を、神が見ておられるという認識が無かった。誰にもわかるまいとの態度であった。私たちはどうだろう。日々の生活で、主を意識しているだろうか。この事、あの事を誰が見ていなくとも、主が見ておられる。心の中の妬み、憎しみ、偽りをご存じだ。

彼らの関心の第一は人の目であった。神ではなく、人の評価であり、彼らが欲しいのは、人からの賞賛であった。人の賞賛を求めて行く時、サタンの罠にはまってしまう。そして、彼らは夫婦で結託していた。どちらもが、相手に注意する事なく、心合わせた確信犯だった。罪に対して鈍感になっていて、良心の呵責が無かった。ペテロがサッピラに「地所をこの値段で売ったのか」と問うた時に「いいえ一部です」と正直に答えれば良かった。別に一部でも構わない。又、献げなくても構わない。自由だと。私たちも、主の御前に正直でおれるよう祈ろう。
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主を畏れず歩み続けていると、自分の肉と目の前の人しか見えなくなり、人の評価で満足して行く。恐ろしいことだ。出来ないこと弱いことを認めながら、主の前には誠実にいたい。