2014年03月30日(日)

「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です」 ローマ8:6



救われて以来、日々の生活で経験するが、常に目の前に二つの反応
がある。御霊の反応と、肉の反応だ。御霊の示しが来ると、肉は
「無理、自分には出来ない」と言う。例えば、御霊が、何かを献げ
るように示されると、肉は「無理に献げなくていい」「自分でなく
ても誰かがする」と言う。そして無し崩しになる。

御霊は「この空き時間に祈れ」と促され、肉は「今は休息しなくて
は」「気分転換をしよう」と言う。御霊は「思い煩うな」と言うが、
肉は「思い煩わなくてどうする。自分がどうにかしなければ」と決
して思い煩いを手放さず、どんどん最悪のシナリオを描いて行く。

腹の立つ事を言われた時はどうだろう。神は「まず祈れ」と言われ
る。しかし肉は「今すぐやり返せ。でなければ相手はつけ上がる。
言い返せばスッとする」と言う。神は「すべての事について感謝し
なさい」と言い、肉は「どこが感謝だ」と不平不満愚痴を言う。

肉は御霊に逆らう。自分が中心にあるので、自己中心に生きようと
し、我を通す。根深い肉の性質が、自分の内にあることを踏まえて、
絶えず御霊に拠り頼もう。

「わたしを呼べ」と言われる主に頼み、御言葉に立つ時、御霊によ
って、神の喜ばれる選択をすることができる。その一つ一つの選択
を通して、主が新しい人を培い、成長させて下さる。今日も祈りつ
つ歩もう。

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肉は御霊に逆らい、正反対の方へ行こう、行こうとする。強烈な力
がある。しかし自分には出来ないことを主の御前に認めて、助けを
求める時に、不思議だが自分の力でなく、助けられて、御霊のほう
を選ばせて下さる。平安へと導かれる。