2017年05月30日(火)

「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」箴言16:18


私たちは、皆、主によって罪が赦された。しかし、まだ肉の性質が
あり、主に拠り頼まなければ、肉は罪を犯してしまう。血潮により
罪赦されているが、今後いっさい罪を犯さなくなるわけではない。
私たちの犯す罪の内、最たるものは何だろう。

ある著者は、その罪を私たちが他人の中に見つけるなら、非常なる
嫌悪感を持つが、その同じ罪が自分の中にあると気づく人はほとん
どないと言っている。その罪とは、高ぶり、プライドといったもの
だ。明けの明星が天から落ちたのは、この高ぶりだった。

高慢はサタンの最たる特徴だ。アダムとエバが犯した罪も「あなた
がたは神のようになり」という高慢だ。カインはアベルの献げ物だ
けが受け入れられた事に嫉妬し、弟を殺害した。プライドが傷つい
たた目だ。人々が「天に届く塔を建て、名をあげよう」とバベルの
塔を建てたのも高慢のゆえだ。

サウルがダビデをつけ狙ったのも、「サウルは千を打ち、ダビデは
万を打った」との女達の言葉がプライドに触れた。プライドは神を
愛する事の対極にある。プライドは自らを高め、自らを神とし、人
より上でなければ気が済まない。自らの破れた状態を知り、無力を
認め、へりくだり、ただ神の愛ゆえに今ある事を知る人は、神を
「愛して」行く。それらは相容れないものだ。
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内にあるのに気づけない高ぶりに気づく時とはいつだろう。自我に
直接触れるはずだ。傷ついた痛さより、教えてくださった主の愛を
見て、気づけたことを感謝しよう。主に悔い改めてやり直せる。