2020年09月29日(火) 「『この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか』彼は言った。『その人にあわれみをかけてやった人です』・・「あなたも行って同じようにしなさい』」ルカ10:36
「『この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか』彼は言った。『その人にあわれみをかけてやった人です』・・「あなたも行って同じようにしなさい』」ルカ10:36
サマリヤ人の動機はひとえに同情であった。それ以外の何の下心 も無かった。「憐れみ」とは、かわいそうに思う心プラス行動だ。 同情だけでなく、行ないが伴っている。彼は、目の前の苦しんで いる、今まさに助けを必要とする人に、自分に出来る事をした。 避ける事をせず、「近寄って」ぶどう酒は消毒に、オリーブ油は 薬として惜しげもなく使った。 自分の家畜を使い、自分の予定を急遽変更し、宿に同行し、一泊 し親身に介護の上、費用も全額負担した。至れり尽くせりだ。愛 するとは犠牲を払う事だ。自らの金銭、労力、時間を突然の必要 のために、彼は惜しまずに献げた。犠牲を払わずに愛する事は出 来ない。そして、彼は自分の仕事をするために出て行った。 自分の仕事を済ませ、再び戻り、お世話をした。自分の責任を放 って、世話するのではない。自分の家族の必要を放っておいて、 他人の世話に奔走するのではない。自分の責任はまず果たすべき で、尚且つ、助けを必要とする人に、自分に出来る事をして行く ことだ。御霊が助けて下さる。 今、御霊の示しがあれば「近寄って」、従おう。祭司とレビ人は 保身のために、関わりたくなくて、その場を去った。「自分の家 畜に乗せて」自らの何かを献げて、仕える事を、今、示されてい るなら従おう。主が力を与えて下さる。そして豊かに祝福して下 さる。 ------------- 自分がしてもらいたい通りに人を助ける事はなかなか出来ない。 主がしてくださった大きな憐れみと助けを覚え、御霊に導かれた なら応えていこう。