2020年10月30日(金)

「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました」マタイ6:12



人を赦す事は、非常に難しい。ある人が善意で、自分なりに犠牲を
払ってした事を、別の人から批判されたと知った。それが、普段よ
く話す人で、面と向かっている時には、良いように話すのに、陰で
批判され悪口を言われた事に、ひどく腹が立った。もう怒り心頭に
発して、殴りかかりたいほどだった。正直、ぼこぼこにしたかった。

しかしその相手は、丁度、部署替えになり、会う事は全く無くなっ
た。だがそれから、平安もって祈れなくなってしまったのだ。「私
たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちの負いめのある
人たちを赦しました」との御言葉を前に、先に進めない。相手を憎
み、怒り、赦せない思いがある事を示され、胸が苦しくなった。

しかし赦せない。だがそれなら、自分の負いめも赦されない事にな
ってしまう。悶々状態となり、しかし、怒りと赦せない思いが、ど
うにもならない。胸が辛くてたまらない中、主に、あるがままの心
を打ち明けた。怒り、憎しみ、赦せない思い、何もかもを吐き出し
た。「赦せません。でも助けて下さい」、御前に祈り続けていた。

すると目の前に主の十字架が大きく迫って来て、離れない。圧倒的
な主の十字架を前に、何も言えなくなり、不思議に「赦そう」と思
えた。意志を向けて「赦します」と祈った時に、心のつかえが取れ
て、平安にされた。自分の力では、人を赦すことはできない。不可
能だ。しかし、主に助けを求めるなら、御霊の力によって、赦す事
ができるようにされる。
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主に赦されているのに、自分は赦せない者であると思わされる。貸
したものは返して欲しい。主の十字架の苦しみを思い、赦せるよう
に祈り続けよう。赦された恵に生きていこう。