2022年08月30日(火)

「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあな たがたに与えるのは、世が与えるのとは違います」ヨハネ14:27


ある牧師の証しだ。突然の大震災の被害を受け、会堂も住まいも流
されてしまった。とにかく身一つで逃げる事が出来て、自分も家族
も一命を取りとめた。もう一瞬の事で、何一つ持ち出せず、避難所
に身を寄せた。自分にとって何よりも重要で大切な聖書資料、これ
までの学び資料、書物のすべてを失った。

ショックであり、何が何だかわからず、呆然状態だった。しかし何
もかも失ったが、家族の命が守られた事は、大きな感謝だった。ひ
と息ついた時、この状況、自分の思いや感情の何もかもを祈りに持
って行った。主と交わり、切に祈り続けた。その時に、御言葉が光
が臨むごとくに与えられた。

「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」。御言葉の
力を経験した。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はか
しこに帰ろう」、まさに「アーメン」だと思えた。すべてを失い、
これから先も全くわからないが、心は不安が消えて、不思議な平安
に包まれた。世のものではない、主の平安だった。

ある婦人は、夫の女性問題が起きて、痛み、苦しみ、悲しみ、心は
引き裂かれるようで、涙、涙の日々だった。主に何もかもをゆだね
て、拠りすがった。外側、嵐が荒れ狂っているが、不思議な「御翼
の陰」を経験した。

まさに「ひとみのように見守り、御翼の陰にかくまって」下さっ
た。気も狂いそうな状況の中、御翼の陰は、全き平安だったと。
「主の平安」を味わい知らされたと。痛み、悲しみ、苦しみの時に
は、まず主のもとへ行こう。
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暴風に打たれるのは辛いが、計り知れない恵みの賜物を主から受け
取っていく。経験者はみなそう証しされる。主のもとに行こう。自
分中心が神中心に変えられる時、主の平安を受け取る。