2025年07月30日(水)

「ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、 かえって乏しくなる者がある」箴言11:24。


「受けるよりも与えるほうが幸い」であり、「人の益を計り・・惜し
まずに施し、喜んで分け与えるように」「少しだけ蒔く者は、少し
だけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取る」とあり、御言葉
は、与えることの溢れる祝福を伝えている。人は、どんな事が喜び
で、どんな事に幸せを感じるだろう。それは、切なる願望が叶って、
欲しかったものを得た時だろうか。

又、様々なプレゼントや、不意の頂き物や、人からの好意を受けた
時、また、感謝された時かも知れない。生まれつきの肉の性質は、
願いが叶う事、欲望が満たされる事、もらう事に喜びを感じるもの
だ。そして得たものは放したくない。握りしめていたい。損をする
のは嫌で、得をしたい。与えるより、受けたい。

しかし、御言葉は、受けるより、与える方が幸せだと言う。この世
とは正反対の、全く新しい価値観だ。愛するには、時間と労力を、
所有物を、犠牲を献げる事が必要だ。犠牲無くして愛する事はでき
ない。何かを与えるとは、自分自身を与える事になる。主の生涯が
まさにそれであった。何もかも、命までも与え尽くされた。

御心に従って与えて行く時、世への執着、金銭への執着、貪欲から
守られる。天に視点を置く生き方にされる。自分の時間と労力を、
家族に、周囲の人々に、与えられるよう祈ろう。自分のしたい事を
少し脇に置く時、与える事の御霊の喜びを経験し、味わう者とされ
る。
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受ける事だけに喜びを求めていると、虚しさに気づかされる。与え
るための愛がない事にも気づく。愛せるように祈りたい。御霊に導
かれた事を一つ、一つしていこう。