2025年12月30日(火)

「アブラムの妻サライは・・彼女の女奴隷のエジプト人ハガルを 連れて来て、夫アブラムに妻として与えた」創世記16:3


主の約束にかかわらず、幾ら待てども、子どものできないサライは、
女奴隷ハガルによりアブラムの子を得ようとした。当時は、風習で
普通に行なわれていた事だった。肉には、最もな、良い考えだと思
えた。アブラムもサライの申し出なので承知した。だがハガルに現
実に子どもができた時、ハガルは優越感で、女主人サライを見下し
た。

肉でする事は、一見良く見えても、必ず問題と混乱が起きる。想定
外の事態に、サライはハガルをいじめ、攻撃した。ハガルは辛さで
荒野に逃げた。そのハガルに御使いが現われ、サライのもとへ戻り、
へりくだって仕えるよう告げた。子孫を大いに増やすからと。ハガ
ルとイシュマエルにすれば、自分で選択した道ではない状況に置か
れた。

彼らにはどうする事もできず、これは彼らの責任ではない。しかし、
状況に責任はないが、それに向かう態度と行動は自らの責任だ。主
は彼らを顧みられた。サライによる教訓は、肉の判断、行動は必ず
問題と混乱を引き起こす事だ。人間的に、これこそは最善と思え
るが、御心ではない。

又、親しい人の肉の助言が罠になり、そこから大きく道がそれる事
がある。聞くべきは、まず主の御声であり、判断と決定の際には必
ず祈ろう。主に導きを求めよう。又、自分が助言をする立場になる
時は、よくよく祈って、御霊に導かれる事が大切だ。肉の思いは、
御心と正反対の方向へ向かってしまう。   
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主に与えられていない、肉で選んだ道は何処までも混乱で平安から
ほど遠い。御霊は必ず御言葉に従うように勧められる。御霊と見間
違える肉の声に気づきたい。