2026年06月29日(月)

「ペテロはイエスに答えて言った。『ご覧ください。私たちは、 何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がい ただけるでしょうか』」マタイ19:27


主はペテロの問いに答えて、後の者が先になり、先の者が後になる
と言われた。これは、常識では測れない不思議な状況だ。そこでは
見える所でなく、見えない所が見られている。主が見られるのは、
心の動機や態度だ。この世では、仕事に動機を問われる事はない。
結果を出す事が一番で、とにかく成果だ。問われるのはそこだが、
神の国は異なる。

ペテロは、何もかも捨てて、あなたに従って来て、ついては私たち
は何がいただけるかと聞いた。それを受けて、主は、ぶどう園の労
務者のたとえを話された。すべてを捨てて従った、弟子たちのその
「動機」、働きの動機を見ておられる。ぶどう園で働いた最初の者
と最後の者達は、一日の終わりにその動機があらわになった。

5時の者が一デナリで、早朝からの者も同額であった時、早朝の者
は「一日中労苦と暑さを辛抱した」と不満を爆発させた。主人のた
めに働く事は、苦しく、辛い事であり、同じ一デナリと判明した時
には、怒り爆発だ。納得が行かない。自分達はもっと貰う権利があ
ると。実は早朝から十分な報酬が保証されていて、働けたとは何と
いう恵みだろう。

一日働けば、きちんと給料が入る。家族は喜ぶだろう。夕刻の人々
は、糧を待つ家族を思い、どんなに不安と焦り、恐れであったろう。
そして思いを越えた報酬に驚き、どんなに感謝しただろう。私達は
どうだろう。信仰生活、感謝も喜びも無く、不満タラタラ、神のた
めにしてやっているとの態度だろうか。動機はどうだろう。今一度、
神の国は、恵みで成り立つ世界で、主の恵みに目を向け、そこに立
ち返ろう。
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すぐに成果主義に引き戻され、アップダウンしてしまう。この世に
あっても主の恵みから少しも離れず、恵みに堅く立っていよう。今
日も生かされている事に感謝だ。