2026年07月30日(木) 「ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。 そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってくだ さい。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう」 詩篇51:7
「ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。 そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってくだ さい。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう」 詩篇51:7
サウルとダビデは共に王だった。しかし、二人の最期は 大きくかけ離れたものとなった。どちらも罪を犯したの だが、サウルは主から退けられ、ダビデは豊かな祝福へ と進められた。ダビデはバテシバとの姦淫の上にウリヤ 殺害の罪を犯し、サウルは、祭司しか献げられないいけ にえを献げ、又、アマレクをすべて滅ぼすようにとの命 令に従わず、最も良いものを残した。 ダビデはナタンからの罪の指摘に「私は主に対して罪を 犯した」と言い、サウルはサムエルから罪を指摘される と「私は罪を犯しました」と言った。どちらも言葉にす れば同じだ。しかしダビデは「主に対しての罪」だと、 心底からの悔い改めだったが、サウルは「しかし、私の 面目を立てて下さい」と続き、「面目を立てて」の方が 本心で、重要なのは体面だった。 ダビデは詩篇で「私の罪は、いつも私の目の前にありま す」「私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなた の御目に悪であることを行ない」と言い、逃げたり隠れ たりしなかった。しかしサウルは罪に向き合う事はなく、 罪の言い訳に終始し、兵士や民のせいにした。 自分のプライドと名誉の回復が重大事であった。ダビデ は「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった」と 赦しを受け取った。どんな時も、十字架の血潮で豊かに 赦される。何という驚くべき恵みだろう。赦されて、赦 されて、生きて行ける。 --------------- 自分の罪の深さを神の前に認め、悔い改めた者に、神は あわれみと赦しを与えてくださる。どんな時も主に向か い、赦された平安と感謝をもって歩みたい。