2010年02月18日(木)

「わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ」エレミヤ29:7 

                         
エレミヤの時代、イスラエル王国はアッシリヤに滅ぼされ捕虜として連行され、しかし、そのアッシリヤは、バビロンによって滅ぼされた。バビロンはどんどん侵攻し、国々は滅ぼされ、とうとうユダ王国も、バビロンに捕囚の身となった。

当時のユダは神から離れ、民は偶像礼拝に走り、堕落していた。預言者たちは、耳ざわりの良い、心地良い言葉だけを語り、平安が無いのに「平安、平安」と。
しかし、神の人であるエレミヤは真っ直ぐに語った。そのため苦しめられた。バビロン捕囚のさ中、真っ暗な中で、エレミヤは神の言葉を語った。

それは、「災い」としか見えないが、「平安・将来・希望」のためのものと。すぐに解放にはならないので、その地で落ち着いて、腰を据えて生活せよと、そして、敵であるその町の繁栄を祈れと。それは自分達の繁栄になると。

私たちも苦悩の時、一番欲しい言葉は「即、問題解決」「即、悩みから解放」だ。しかし、口先だけの励ましは、更に傷が深くなる。かせのような、思い通りでない現状を受け入れる時、その中で神からの支え、励ましにより生きて行けるという事だ。

現実をしっかり受け入れる事が大切だ。いつまでもそのままではなく、「70年の満ちる頃・・あなたがたを帰らせる」。現状を受け入れて、その中で神に従って行こう。そこに「平安」が約束されている。そして神の時に、解放して下さる。
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災いには必ず目的がある。背後にある神様の御手を信じられるなら、辛い生活の中にあっても心はしっかりと守られる。今、置かれている場所から精一杯の感謝を神様に献げよう。