2010年08月21日(土) 「イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである」ヨハネ6:6
「イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである」ヨハネ6:6
主は、ご自分では、しようとしている事をご存じの上で、ピリポに「どこからパ ンを買って来ようか」と問われた。ピリポは「200デナリのパンでは足りない」 と答えた。人間的、常識的判断だ。手元の金額と人々の入り用を計算すると「足 りません」が答えだ。 ところがアンデレは、何か食物を持っている者はいないかと、群衆の中を探し回 った。そして小さな弁当を持っている子供を連れて来た。それは五つのパンと二 匹の魚であった。これは、あるいは、主が何かして下さるのでは、と思ったのか も知れない。 「あるいは・・しかし、こんなに大勢では何になろう」主への期待と、しかし、大 勢過ぎて無理・・の思いが行ったり来たりの状態だった。だが、主はこの小さな信 仰を用いて、この奇跡をされた。 ここで学ぶ事ができる。「足りません」との判断、答えは、自分を軸にした見方、 視点に立っている。それを自分軸でなく、神を軸にした視点に変える事が必要だ。 時間が無い、能力が無い、経費が無い・・だからダメ、それはあくまでも自分の視 点であって、主にとってはどうか。 そして、5つのパンと2匹の魚、「それが何になりましょう」こんなものが何に なろうと思うだろうか。しかし、その手の中にある僅かなもの、小さなものを、 主に献げるなら、大きなみわざをして下さる。それを祝福して大きく用いて下さ る。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 「主は、ご自分ではしようとしている事をご存じ」とは、何と平安にされるだろ う。今、目の前の難題、悩み、主はその問題をご存じで、主のお心通りに導いて 下さる。自分で何とかしようとせず、自分自身と問題を、まず主にお渡ししよう。