2011年06月20日(月)

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」Tペテロ5:7


私達はとにかく心配する。目の前のあの事、この事、少し先の事、ずっと先の事・・まだ起こっていない事を、あれやこれや思い煩い、次々と心配の種は尽きない。しかし、状況から目を転じて、神に視線を向けるならどうだろう。神は出エジプト時の、前は海、後ろからはパロの追っ手の絶体絶命の時に、海を二つに分け、海の中に道をつけられた。

何も無い荒野では、天からマナを降らせ、岩から水を出された。行く手を阻む、ヨルダン川の水をせき止め、難攻不落のエリコの城壁を崩された。あの絶対的なバビロンを倒され、不滅と言われたローマ帝国も倒された。不可能は一つもない、その神が、あなたの事を心配して下さっている。何もいっさい思い煩うなと言われる。なぜ、あれこれいつも思い煩うのだろう。

問題が、問題なのではなく、その中で神を信頼しない事が、問題だ。目の前の困難を、繰り返し繰り返し煩い続け、問題のとりことなり、小さな問題をモンスターにしてしまう。自分で巨大な手に負えないものとしている。繰り返し、繰り返し、神を思い、見続けるなら、どんなに良いだろう。

今一度、目の前の問題をも支配されている神を覚えよう。そして「いっさい神にゆだねなさい」に従おう。受け取って下さる神に、その問題を、自分自身を神に明け渡そう。出来ないならそうできるように、祈ろう。
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なぜ思い煩うのだろう。平安がなくなり心が暗くなる時は、不安にさえぎられ神様が見えていない。すべての先を知って今を置いていて下さっている神様に、心配事を残らず告げて、平安を受けとろう。