2001年12月21日(金)

「だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい」(Tコリント10:24)


 誰しも、高速道路で渋滞だとイライラ
する事だろう。速く走りたいから、お金
を払っているのに、全く止まったままだ。
不満が募りイライラが爆発しそうになる。
横で妻が「きっと事故でもあたのよ」と言
った。車が走り出した時、車が大破した
残骸を見て、利己主義を恥じた。
「主よ。赦して下さい。事故に会った人達
と家族を助けて下さい」と祈った。
ヨナもそうだった。強い陽射しから守られ
るように、陰を作っていた、とうごまのつ
るが枯れた時、激怒した。
ところが、ニネベの町の人々が罪ゆえに滅
ぼされようとしている時に、それを気にも
かけなかった。私達はだれでも皆、自己中
心になりがちだ。
主から目を離して、自分勝手に生き始めた
途端、わがままに歩んでしまう。
自制心も寛容も愛も忘れて、自分を喜ばせ、
自分の損得を基準に歩んでしまう。
問題は心の中の自我であり利己主義だ。
古い性質だ。いつも主と共に歩み祈りなが
ら歩む事だ。