2012年07月21日(土)

「『サムエル。サムエル』と呼ばれた・・『お話ください。しもべは聞いておりま す』と申し上げた」Tサムエル3:10



少年サムエルは、主から呼ばれ、二度「はい、ここにおります」と答え、エリの
もとに行った。「私をお呼びになったので」と。それは、エリに呼ばれたと思っ
たからだった。三度目に呼ばれた時に、エリは主が呼んでおられると悟り、「主
よ。お話ください。しもべは聞いております」と答えるようにと告げた。

次に主に呼ばれた時に、エリに教えられた通りに答えた。すると、エリの家の裁
きについて告げられた。非常に言いにくい事であったが、エリに聞かれた時に、
何も隠さず、すべてを話した。

サムエルには、「主よ。お語ください。お従いします」との態度と姿勢があった。
その時、主は御心を示して下さる。「従います」が重要だ。私たちはどうだろう。
好きな事はするが、嫌な事はしたくない。ましてや、都合悪い事は決してしたく
ないだろうか。

自分に都合の良い事だけを聞きたいという、肉の強い思いがある。自分が願って
いる通りに示して欲しい。御心求めながら、実は、自分の思いは定まっている。
もしそうなら、主がどんなに語りかけておられても、聞こえない。

「○○を赦すように」「和解しなさい」又、「罪から離れるように」の御声はど
うだろう。無視してしまっているだろうか。もし、従うつもりがないなら、御声
が聞こえない、というより自分でシャットアウトしてしまう。サムエルのように
「お従いします」の姿勢で、主に向こう。

・・・・・・・・・・・・・・
主の御声が遠い時、よく自らの態度を探ってみよう。従いたくない思いがあるか
も知れない。語られては困る、言葉があるかも知れない。祈りつつ心の内を御霊
に照らされ、従いますの態度に整えていただこう。その時、御声が聞こえて来る。