2013年04月20日(土)

「高ぶりが来れば、恥もまた来る。知恵はへりくだる者とともにあ る」箴言11:2


箴言には、人からの助言に耳を傾ける事についてよく出て来る。自
分は高慢かどうかが、わかる事柄がある。それは、人の助言を聞け
るかどうかだ。高慢な人は、人からの助言が聞けない。

へりくだっている人の特徴は、他者の言う事に耳を傾けられるので、
どんな人からでも、教えを受ける事ができる。プライドがあると、
人の言う事は聞けない。自分が一番正しいと思っているので、人の
意見は聞くに価しない。

又、比較の根には高慢があり、高ぶっていると、常に人と比較し、
人はライバルになるので、決して自分の弱みは見せられない。どこ
までも強い自分でありたいので、弱みは知られたくない。だから、
真からの交わりができない。本当の姿は見せたくないので、当たり
障りのない会話しかできなくなる。

弱みを隠したままでは、うわべの対人関係しか持てない。しかし、
まず主は、弱いままの、あるがままの私たちを愛し、すでに受け入
れて下さっている。弱いまま受け入れられいるが、自分のプライド
が、自らの弱さを認めたくない。惨めで認められない。

しかし、プライドを砕いてへりくだる時、自分が解き放たれる。素
直に、あるがままでおれるとは何と自由だろう。弱さを隠す必要が
ないので、対人関係が楽しくなり、生きる事が喜びとなる。人から
の助言が素直に聞けるようになる。

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高ぶりは、人の良いものを見ない、見えない。認めようとしない。
又、自分の弱さを見ようとせず、認めない。だから、神が見えない。
光の中にいるのに、自分が目をつぶっている状態だ。自分の弱さを
認め、へりくだって行く時、光が射して来る。