2013年06月19日(水)

「エリは、主がこの少年を呼んでおられるということを悟った。それでエリは言った・・今度呼ばれたら『主よ。お話ください。しもべは聞いております』と申し上げなさい」Tサムエル3:9


なぜサムエルは、さやかに主の御声を聞けたのだろう。それは、サムエルの主に対する姿勢にあったのではないか。主から呼ばれた時に、2度「はい、ここにおります」と答え、自分の師であるエリのもとへ行った。エリが自分を呼んだと思ったからだ。3度目に同じ事が起きた時に、エリは、主がサムエルを呼んでおられると悟った。それで次に呼ばれた時は、「主よ。お話し下さい。しもべは聞いております」と応答するよう助言した。

そして、次に呼ばれた時にその通りに答えた。これは「私にはお従いする準備ができています」ということだ。大事な事は、サムエルは、「何でもお従いします」との姿勢でいたからこそ、主の御声を聞くことができたということだ。私たちはどうだろう。自分の聞きたい事、都合の良い事を聞きたいとの態度だろうか。それなら、主がどれだけ語りかけていても、こちらの側でシャットアウトしてしまう。

欲しい御言葉でないなら、捨ててしまう。それが意識せずに、なされていたなら、「御心がわからない、わからない」になる。私たちに強烈な願望、すでに心に決めた事柄がある時、無意識にそれ以外の言葉に耳をふさぐので、聞こえない。サムエルのように「主よ。お従いします」の態度で、どのような導きでもOKですと、まず自分を明け渡そう。その時、必ず主の導きを悟ることができる。
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いつも主の御心を聞く心の態勢が整っているかと問われたらノーだ。だから朝のひと時や夜の静かな時間を聖別し、心を主に開いて「従います」の姿勢で御言葉を聞いて行きたい。その時間が増えていけば感謝だ。