2018年12月21日(金)

「愚か者は自分の道を正しいと思う。しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる」箴言12:15




自分は一体へりくだっているのか、高慢なのか、それは一つの事で
試せる。謙遜な人の特徴は、人の忠告に耳を傾け、痛い警告を聞く
用意があるという事だ。これはへりくだっていないと決して出来な
い。高慢は、そのプライドゆえ、人の忠告を決して聞けないし、人
の意見など全く聞く気はない。自分は常に正しく、それも一番正し
いのだから。

特に自分の弱さや、触れられたくない所など、絶対に人に触れさせ
ない。私達はどうだろう。弱さを隠し、有能な強い自分に見せてい
たいだろうか。真に強い人とは、自らの弱さを認める事のできる人
だ。失敗しない人ではなく、失敗を決して隠そうとせず、人の前に
も素直に認める人だ。

ダビデの素晴らしさは、姦淫と殺人という大罪を犯したが、ナタン
の忠告に耳を傾けた。そして自らの罪を認めた。ここが信仰の人ダ
ビデたるゆえんだ。自分は王であり、最高権力者だ。ナタンなど、
どうにでも出来る立場にあった。即、首を跳ねる事も来た。ウリヤ
にしたように。だが、ダビデは真摯に悔い改めた。

彼の罪はすべての人の目に明らかになり、ダビデは砕かれた。しか
し悔い改めにより、その罪は完全に赦され、罪はおおわれた。ダビ
デは失敗から学んだ。罪を認めて悔い改め、御霊に教えられて行く
人は、同じ失敗から守られる。

この謙遜がなければ、後のダビデは無く、あの詩篇も無かった。失
敗したならやり直せばよい。主がナタンをあなたに遣わされたなら、
あなたのナタンに耳を傾けよう。それは神から示しであり、あなた
への慈しみだ。
---------------
間違いを指摘されるのは痛く、心を閉ざしたくなるが、助言、苦言
は感謝だ。本当の自分を見せられる。神にも人にも心を開いて学び
続けたい。