2019年08月20日(火)

「いのちがけで逃げなさい。うしろを振り返ってはいけない・・さもないと滅ぼされてしまう」創世記19:17



ソドムの町は、酷い罪深さのゆえに滅ぼさる直前だった。主は、ロ
トのもとに二人の御使いを送り、家族を連れ出すよう告げた。もう
一刻を争う差し迫った状況だ。そこでロトは娘婿達にその事を伝え
るが、彼らは罪のために神が滅ぼすなど、冗談、戯れ事だと思った。
到底信じられなかった。

彼らはずっとロトの生活や価値観を見て来た。世を享受し、世を求
め、楽しんでいる姿を。その人から突然、神、罪、滅びなどと言わ
れても「何の冗談か」と。そしてロト自身すら、滅びが迫っている
のに、何と逃げる事を「ためらった」のだ。今まで世で得たものへ
の強い執着だろうか。資産、名誉、地位、世の賞賛を手放したくな
かったのか。

もう間に合わないと、御使いが、彼と彼の妻と二人の娘の手をつか
んで町の外へ連れ出した。「命がけで逃げよ。後ろを振り返るな。
山に逃げよ」と。しかしロトは「主よ。そんな事になりませんよう
に」と。即、従順に従うのでなく、自分の思いを持ち出す。彼の妻
は途中で、振り返り、塩の柱になってしまった。残した世の物への
執着だろうか。

ロトは最初ソドムの近くに住み、自分は大丈夫だと思っていた。し
かし町の中に住み、やがて町の名士になった。少しづつ〃世に引き
込まれた。少しづつ世に流されて、いつしか世にどっぷり浸かって
気づかない。ロトを教訓としよう。私たちの生き方、価値観が知ら
ず〃周囲への証しとされている。
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自分こそ大丈夫ではないと覚えたい。周囲に影響されやすく簡単に
同化してしまう。主と共に心に据えているものは何だろう。それが
周囲に現われる。何を証しているクリスチャンだろう。