2022年12月21日(水) 「夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれて います。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます・ ・」ローマ7:2
「夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれて います。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます・ ・」ローマ7:2
律法と私達の関係が、結婚関係に例えられる。律法が夫だ。口うる さくて、朝から晩まで細かい事を要求し、チェックし、出来ないと 責めて脅し立てる。しかし言っている事は正しくて、間違っていな い。自分の方が、夫の細かい厳しい要求にそえないのだ。絶えず責 められ続け、出来なくて、辛くて苦しくてたまらない。 その夫が死んで、新しい夫と再婚した。その夫は前夫とまるで違っ ていた。うるさくがなり立て、一方的に要求だけするのではなく、 何と一緒に助けてくれるのだ。愛で包んでくれて、すべてに配慮し てくれ、温かい。いつまでも一緒にいたい相手だ。前夫が律法で、 再婚した夫がキリストだ。よく知られている例えだ。 前夫から家事のリストが与えられ、うまく出来ずに、いつも叱ら れ、びくびく萎縮し、苦しみの中にいた妻が、夫の死後、再婚し た。家事をしていたある日、前夫のリストを見つけた。それをチェ ックすると、何と今は全部出来ていた。それは強制でなく、愛深い 夫の愛に応えたくて、夫を愛するゆえに、自発的に喜んで出来てい たのだ。 律法は要求するだけだ。私達には、それを実行する力がない。律法 はその力を与える事が出来ない。しかし、主は私達を助けて、一緒 に遂げて下さり、その力を下さる。そして、その動機を「ねばなら ない」から、自発的に「したい」に変えて下さる。恵みの中に入れ て下さる。 ------------ やらなければと思っても要求に応えることができない。外側だけ出 来たふりをするだけだ。主は恵みに恵みを重ねそこから助け出して くださった。主に愛されている。主のご愛に応えていきたい。