2023年08月21日(月)

「神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だ れもいないのか」ルカ17:18 



らい病人10人が、主に会った。遠く離れた所から、声を張り上げて
「先生、どうぞあわれんでください」と願った。すると、主は「行
きなさい。そして自分を祭司に見せなさい」と答えられた。10人
は、その時は、まだらい病のままだ。らい病のままで、祭司に見せ
るために出かけた。その時は、まだいやされておらず、病気のまま
で、主の言葉を信じて、エルサレムに向かって歩き出した。

すると、「彼らは行く途中でいやされた」。その途上でいやされ
た。現状は何も変わらないまま、ただ主の言葉を信じて、歩き出し
た結果、途上でいやされた。ここで学ぶ事ができる。まず、主の言
葉を聞く。そして見えるところ病気のままだが、御言葉だけを頼り
に、信じて従うと、主が働かれる。

逆に言えば、「行きなさい」の言葉に、その通りに従わずに、直っ
た事実を見てから、行こうとするなら、主の働きを見ることはでき
ない。見えたなら、従うのだがとの思いが来るが、「信仰とは、望
んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確認させるもので
す」。

そして直った10人の中の1人のサマリヤ人は、祭司の所へ行く前
に、まず主のもとに戻った。そして溢れる感謝を献げた。私たちの
救い、罪の赦し、永遠の命、もう感謝でしかない。他の9人は直っ
た事に大喜びで、主から離れてしまう。感謝を献げたサマリヤ人は
「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直した」
と、身体と魂の救いを与えられた。
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御言葉はただ聞くだけでは終わらない。信じて委ねるとき主が働か
れる事を経験する。立ち上がっていきなさいと魂の救いを与えられ
る。何と感謝だろう。生涯主と共に歩める。