2005年12月21日(水)

「お弟子たちとペテロに『イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおりそこでお会いできます』」(マルコ16:7)

失敗した事があるだろうか。ペテロは
主を裏切るという、取り返しのつかない
失敗をした。彼なりに主の事は大好き
だった。男泣きに泣いたのだから。主
が捕らえられた時、保身に陥り、主を
裏切ってしまった。ペテロが失敗した
のは、自分の弱さを知らなかったため
だ。主はすべてをご存じで、将来の教
会の指導者とすべく、見据えておられ、
この弱さを取り扱われた。この所をも
通されたのだ。自信満々のペテロは
砕かれた。へりくだらされ、ふさわしい
者へと主は建て直された。自分の弱さ
を認める事は難しい。直視したくない
し認めたく無い。だが、自らの弱さを
認めないなら、やがて大きな失敗を
引き起こす。認めるなら、光の中に出
され、常に祈っている事が出来る。見
えているものは問題ない。弱さの中に
こそ主の力が現される。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分を知らない者だ。自分の本当の姿
を知らない。弱さも知らない。試練がそれ
らを明るみに出してくれる。へりくだらされる
事が感謝。主のあわれみは尽きる事がなく、
それらはすでにご存じの上で愛して下さって
いる。