2008年05月21日(水)

「彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行なったことは主のみこころをそこなった」Uサムエル11:27

罪を犯してしまった時は、どうすれば
良いのか。もし、ダビデが、バテシバ
との姦淫の罪を、神の前に、ウリヤの
前に告白していたなら、ウリヤ殺害の
罪を重ねることから守られただろう。
罪を隠す時、必ず罪の上に、重大な罪
を重ねて行ってしまう。罪を誰にも知
られたくなくて、何とか隠そうとする
が、罪は必ず明るみに出る。隠れたも
のは必ず神が明らかにされる。神は侮
られる方ではない。ダビデは神の御前
に正しい事を行なうよりも、王として
の名誉、地位、対面を保とうとした。
バテシバが妊娠したと知るや、ウリヤ
の子に見せかけようと画策するが、う
まく行かなかった。すると、ウリヤ殺
害計画を練る。それを実行し、ウリヤ
を殺してしまった。そして、バテシバ
をめとり、めとった後にできた子供に
見せかけようとした。人の目には隠し
おおせても、「しかし、ダビデの行な
ったことは主のみこころをそこなっ
た」神はすべてを見通しておられた。
誰にも知られなくても、神の目には裸
だ。罪が告白できない理由は、恐れだ
ろうか。面目を失い、人にどう思われ
るかが恐い。しかし、ずっと外側繕っ
た、偽りの自分を生きる事になる。罪
はすぐに告白しよう。逃げるのでなく、
向き合おう。その罪を赦すために主は
血を流された。罪赦される解放と平安
を味わう。
・・・・・・・
罪は人にはわからなくても、主の御心
をそこなっているゆえ、平安が無い。
赦しを受け取ろう。まばゆい光の中へ
戻され、大海のような平安と内から湧
き上がる喜びを経験する。