2010年03月20日(土)

「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます」マタイ19:26

主のもとに、資産家の青年が来た。永遠のいのちを得るために何をすればよいか
と、主に問うた。主は十戒の戒めを教えられた。しかし、戒めは守っている、何
がまだ必要なのかと答えた。

すると主は、持ち物を売り払い、貧しい人に与えよと言われた。すると青年は顔
を曇らせ悲しんで主のもとを去った。十戒を守っていると言うが、守れるはずが
ない。
もし彼が戒めを守っているなら、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」
に従い、有り余る財産を、言われる前に貧しい人々に施していたはずだ。

しかし、彼の財産は彼の所有物であり、人に分け与える気は無かった。分け与え
るなら、又、神は更に豊かに与えて下さったであろうに。私達も手中に握り締め
ているものによって、主から離れてしまう。

彼は怒ったのでも反発したのでもなく、悲しんだ。彼には富を手放す事が出来な
かった。しかし、その彼に、一つ出来ることがあった。それは「私にはできませ
ん。助けて下さい」と主に求めることであった。それをする事なく主のもとを去
ってしまった。

私達にとっての富は何だろう。自分の力、人からの賞賛、名誉、地位、愛する人、
何か大切なものかも知れない。自分には従えない事を、ありのまま主に告げよう。
その時、主が助けて下さる。「しかし、神にはどんなことでもできる」

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手放す事が出来ないもの、握りしめているものが様々ある。結局、それが主との
間に立ちはだかり、偶像となってしまい、主をわからなくさせている。主は愛し
て下さっている。自分には放す事が出来ないことを、まず祈ろう。