2011年04月19日(火)

「だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」ルカ22:32


人は皆、失敗をするものだ。どんなに注意していても、人間である限りミスしてしまう。完全無欠ではないからだ。あなたも信じられない失敗をした事があるだろう。大切な事は、その失敗から「学ぶ」事だ。学べば良いのだ。何度転んでも立ち上がって、再び、主に従って行くことだ。

人生には、転んで、つまずいて倒れてしまう事がある。深い挫折を通る。つまずいた事の無い人はいないだろう。主は時に、人がつまずく事を許され、深い海の底を通される。しかし、必ずや、立ち直らせて下さる。ペテロは、取り返しのつかないような大失敗をした。自分は大丈夫、命をかけても主に従うという決心が、試みの前にもろくも崩れ去った。

主を否定してしまったのだ。しかし、見事に回復され、後に力強い主の証人とされ、殉教した。ダビデも姦淫と殺人という大失敗をした。しかし、それで人生が終わったのではなかった。ダビデも罪赦され回復させられた。私達も皆、信仰が試される。時に失敗してしまう。自分に絶望し、無力を思い知らされる。

だからこそ、自力では生きて行けず、主に拠りすがるしかない事を身をもって知る。それこそが「立ち直った」という事だ。自分の力が砕きに砕かれて、初めて兄弟たちのために、間に合う器として用いられる。主は失敗をも、挫折をも益として、建て直し、建て上げて行って下さる。
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滑り台のように登ってはすべりと繰り返す失敗に、自分はどもまで行っても無力な者だと心底知る。でもそこから主の十字架を見上げればいい。支えて下さる主の存在だけに頼ることが一番の幸いだと経験から言える。人を慰めるために用いられたら失敗も感謝だ。