2012年08月20日(月)

「わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください」マタイ26:39


私たちは、信仰生活の中で、主の御心を求める。「御心を示して下さい」と、切に祈る。しかし、心の底では、しっかり自分のプランが決まっていたらどうだろう。どうあっても自分のしたい事があって、それ以外の選択肢は考えられない。そのような状態で御心を求めた時に、どうだろう。心が定まっているので、それ以外の御言葉は無意識に排除してしまう。

この「無意識」が問題だ。意識して排除するなら、自分でわかっているので、とがめが来るが、無意識なので、とがめも無い。自分の都合の良い御言葉しか、心に留まらない事になる。これなら御心を間違ってしまう。主のお心を知るためには、自分の思い、願望を一旦、明け渡すことだ。特に、強い願望がある時には、主観が強くなり、無意識に都合の良い御言葉を取ってしまう。それゆえ、右でも左でも、白でも黒でも御心のままでOKですと、自分自身を明け渡し、委ねよう。

私の願いを横に置いて、主は私に何を願っておられるのか、その視点に立って、尋ね求めよう。主も「できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください」と祈られた。私の願いがあり、その願いをお献げする事ができる。その時、主の御心へと導かれる。
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どこまでも自分にこだわっていては御心はわからない。自分の強い思いも正直に御父に打ち明け、白でも黒でも御心のままにと祈っていこう。祈りの中で強い思いを砕いて下さる。