2017年04月19日(水)

「なぜ、あなたは、あなたのろばを三度も打ったのか。敵対して出て来たのはわたしだったのだ。あなたの道がわたしとは反対に向いていたからだ」民数記22:32 


聖書の中でも有名な、ろばがものを言った箇所だ。ろばが進まない
ので、バラムはろばを3度も打った。しかし、何と主の使いが、ろ
ばの前に抜き身の剣を持って、立ちふさがっていた。そのため、ろ
ばは前に進めなかったのだ。それでろばが抗議した。その時、主の
使いが「敵対して出て来たのはわたしだ。あなたの道がわたしとは
反対に向いていたからだ」と言った。

阻止したのは、主であった。私たちは痛い事や、苦しい事は避けた
い。何とか逃れたいと思う。しかし神は、私たちが間違った方向へ
進んでいる時、行く道を阻まれる。私たちを立ち止まらせるためだ。
それは不運なのでなく、偶然ではなく、神の取り扱いだ。そこに関
わる相手や周囲を責めるのではなく、そこに神を認める事が大切だ。

進路を阻んでいるのは、神だ。その状況の中で、神のメッセージを
受け取ろう。何を教えたいのか、何に気づかせたいのか。今、あな
たの行く手が阻まれたなら、状況に右往左往でなく、まずそこに神
を認めよう。神が立ちはだかっておられる。その道は御心とは反対
なのかも知れない。

神はバラムに「彼らと一緒に行ってはならない。その民を呪っても
いけない。祝福されているからだ」と言われた。それにかかわらず、
出て行くバラムに、主の使いが立ちはだかった。もし進路が閉ざさ
れたなら、そこに神を認め、自分の思いを通すのでなく、御心を尋
ね求めよう。更に素晴らしい御心の道に導いて下さる。
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主の御心と違う道なら神は立ちはだかり導き返してくださる。どう
しても自分の思い通りに行きたい、その弱さに気づき神を認めよう。
バラムの目を開かれたように私たちの目のおおいも除いてくださる。