2017年08月20日(日)

「ヨシュアの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で 小麦を打っていた。主の遣いが彼に現われて言った。『勇士よ。主 があなたといっしょにおられる』」士師記6:11


主は、敵であるミデヤン人を逃れて、恐れて、酒ぶねに隠れていた
ギデオンに向かって、「あなたのその力で行き、イスラエルを救
え」と告げられた。「わたしがあなたを遣わす」と。驚いた彼は、
どうして自分にそんな事が出来ましょう。私の分団は最も弱く、そ
して私はその中でも一番若いと。自分には到底無理だと、出来るわ
けがないと言い訳をする。

すると、主は「わたしはあなたと一緒にいる。あなたはミデヤン人
を打ち殺す」と。その時、ギデオンは、私と話しておられるのが、
あなたであるとのしるしが欲しいと願った。本当に主から出た事な
のか知ろうとした。二度のしるしを求め、確かめた。その結果、彼
は主によると確信した。

恐れて隠れている彼に、主は「勇士よ」と語られ、現在の彼ではな
く、先を見て、勇士として戦うギデオンを見られた。又「あなたの
その力で行き」と、彼がいかに弱く、若くても何の問題も無いと。
「主が共におられること」「主が遣わされること」それがすべてだ。
私たちも、自分の弱さを嘆き、無力におじけづき、自分に何ができ
ようと、ひるんでしまう。主からの示しに対しても、自分を見るな
ら、能力は不足、時間も富も力も不足だ。

しかし、主は「あなたのその力で行け」と言われている。あなたの
力の問題ではなく、どなたが共におられるかの問題だ。主が遣わさ
れるのなら、必要な力はすべて主から来る。今、あなたにも「あな
たのその力で行け」と御声をかけておられるだろうか。

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目の前の事態に、又、新たに進むべき時に、「あなたのその力で行
け」と言われている。自分の力量の問題ではなく、主が共におられ
ることがすべてだ。主が遣わされるなら、主が知恵も力も与えて下
さる。示しがあるなら、あるがままで主に従おう。