2019年10月20日(日)

「御国のことばを聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心 に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このよ うな人のことです」マタイ13:19


種蒔きのたとえで、道ばたに落ちた種は、御言葉を聞いて悟ろうと
しなければ、サタンが来て心に蒔かれた種を奪って行くとある。御
言葉の力を知っているのは、私たちよりサタンであり、恐れている。
御言葉が心に根づいてしまうと、結実に至ってしまうからだ。その
ため御言葉を奪おうとする。このサタンの妨害をわきまえておく事
は大切だ。

現実問題として、サタンは今も働いている。救いを得させないため
であり、又、信仰者たちの成長を妨げ、奪うためだ。種が無ければ、
実を結ぶ事は有り得ない。サタンはそれをよく知っている。このサ
タンの攻撃をしっかり見張っていよう。

普段、御言葉をどのように聞いているだろう。他の事を考えながら
ぼんやり聞くと、右から左へとすり抜けて行く。聞かなかった事と
同じになる。又、思いに攻撃して来るサタンは、メッセージを聞く
最中にも、デボーションの最中にも、あれやこれや「思い」を吹き
込んで来る。必ずや妨害する。

又、聞きたくない、耳に痛い御言葉には、耳をふさいでいるだろう
か。という事はその御言葉こそが聞くべき言葉だと、薄々気づいて
いる。逃げないで向き合う事が、大きな成長への鍵だ。サタンは御
言葉を心に入れないよう阻止して来ている。聞く時にまずよく祈ろ
う。その時、妨害して来るサタンに気づけるようにされる。そして
御言葉を心に植え付けて下さる。

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サタンは信仰生活の生命線である、祈りと御言葉を何としても奪い
取りたい。御言葉が心に根ざして、結実する事を恐れている。様々
な誘惑や攻撃の中で、御言葉が心に臨んで来て守られる経験をよく
する。御言葉は力でありいのちだ。祈って御声に耳を澄まそう。