2020年06月19日(金)

「神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令とは重荷とはなりません」Tヨハネ5:3



神を愛することで、よく勘違いしてしまうが、神を愛するとは、単
に心に神を思う事ではなく、神の命令を守る事だ。神の御心を実際
に具体的に行なって行くことが、神を愛することだと言っている。
そこに感情がついて来なくても構わない。感情は横に置いて、意志
を主に向けて、主の助けを求めて、意志で御心を行って行けばよい。
それを主に従った、主を愛したと受け取って下さる。

聖書の中の愛はすべて意志的愛だ。主の喜ばれる事を行ない、御心
を行なって行く事だ。二人の息子がいて、父からぶどう園へ行き働
くよう言われ、兄は「行きます」と答えた。が、行かなかった。
一方、弟は「行きたくない」と言ったが、後で悪かったと思って出
かけた。どちらが父の願った通りにしたかというと、後の弟の方だ。

口先でなく、実際に行なうことが大切だ。信仰生活において、感情
は後でついて来るものだ。感情は簡単にアップダウンし、コロコロ
変わる。そんな感情に従っていたら、どこに向かうかわからない。
迷走してしまう。感情ではなく、意志で御言葉に従った時に、感情
が後でついて来る。

例えば、嫌いな人がいて、祈っていると、御霊に声をかけるよう示
されたとする。感情は拒むのだが、意志で実行すると、不思議に平
安にされる。従って良かったと思う。そして御霊の実を結んで行く。
感情は横において、意志を向けて、意志でもって従おう。
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感情を優先することが正しいことのように思えるが、それでは何も
変わらない。神を愛する道を歩もう。信仰による勝利は約束されて
いる。