2024年05月20日(月)

「まことに私たちの心は主を喜ぶ。私たちは、聖なる御名に信頼し ている。」詩篇 33:21



ある若い神学校を卒業した働き人が、地方に開拓宣教に出た。田舎
の非常に固い地であり、宣教は困難で、なかなか人は来ない。チラ
シを配っても〃人は来なかった。又、人が来ても、続かなかった。
頭では、田舎伝道は大変だと聞いていたし、理解していたつもりだ
が、実際に経験し、心が折れそうだった。

そんな中、働きの成果が出ると喜び、成果が無ければひどく落胆し
た。人が来れば喜び、人が来なければ、がっかりし、落ち込んでし
まう。そんな歳月を経て、ある時、気づかされた。目に見える伝道
の成果で一喜一憂、アップダウンし、自分はいつも不安定この上な
い。それなら、常に成果を見つめ、成果を喜びとしているのであ
り、主を喜びとしているのでは無いと。

見ているのは、成果であって、主ではない。だから、ひどく落ち込
んでしまう。そうではなく、与え主を絶えず仰いで、どんな時にも
主を喜んで行くなら、どのような状況の中でも、結果がどうであ
れ、喜びがある事を教えられた。主が与えて下さったものを、祝福
を、喜ぶのでなく、与え主である、主ご自身を喜んで行くからだ。

そして主を喜んで行くなら、もし自分の思い通りに、事が運ばない
としても、そこに不満は無い。主を信じているからだ。主のご計画
があることを信じ、主のしようとしておられる事がある事を信じ、
万事が益になる事を信じて行く。そんな中で、主は信仰を訓練し、
鍛え、更に信仰を強めて行って下さる。今、主を見ているだろう
か、主の与えて下さるものを見ているだろうか。
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ころころと変わる状況に左右されず、ただ主を見上げて喜んでいる
だろうか。単純に目の前の成果で主の御心をはかり落ち込んでしま
う。主の御心を信じて、確かな信仰で今日を歩もう。