2008年07月20日(日)

「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです」Uコリント3:16            

誰かへの憎しみ、怒りで心が一杯にな
る事があるだろうか。そんな時は、神
に近づけない。神を避けてしまうだろ
う。憎しみは罪だと知っているので、
自分で神から距離を置いてしまう。自
分が憎むのは当然と、相手を責める心
がある。まさに自我であり、自分は悪
くないと自分を正当化する。自我は、
自分を神の位置に置き、人をさばく。
しかし、これではいけないとの、もう
一人の自分がいる。その自分は、御霊
の声を聞く。助けを求めて主を仰ぐ。
自分のありのままを主に申し上げて、
導きを祈る。御言葉に向かい、主が語
って下さるように求める。そのように、
御霊の導きを求め、御霊に従って歩ん
で行く時、その目は主に向いている。
その時、肉にではなく、御霊に従って
歩める。どんな状況でも、主に向きさ
えしたら、おおいが取り除かれる。肉
に歩んでいる時、神や御言葉が吹っ飛
んでしまう。しかし、御霊は必ず働か
れ、助け、促される。その時、肉は抵
抗し、反抗する。自我は自分を通し、
権利をどこまでも主張して来る。しか
し、その時に、御霊に従い、御霊の導
きの方を選択する事だ。肉がどんなに
抵抗しても、御霊の導きの方へ意志を
向ける。そうするなら、助けが臨む。
そこに神の愛があるからであり、その
時、神の愛を知って行く。
・・・・・・・・・
肉は強いが、必ず御霊の助けがあり、
御霊の促しや語りかけがある。御霊は
働いておられるので、必ず働きかけが
ある。その御霊の導きに従う時、自分
の力でなく、従って行ける。